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解る気もするけど、タイムマシンはない。
いまさらながら、映画『フラガール』を視聴。
別に何か縁がある訳でもないのですが、この映画の舞台になった
福島・いわきには、前々から何となく親近感を覚えていました。
大学時代に4年間住んでいたつくば市が、つくばエクスプレスの
開通以前は常磐線沿線地域だったからかもしれません。
言葉もやっぱり茨城弁に似てるし。

感想としては、とても面白かったです。
「常磐ハワイアンセンター」開業は1967年。東京タワーの完成が
1958年なので、時代的にはいま話題の映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』
よりもう少し後のことになります。とはいえ東京オリンピックの開催や
東海道新幹線の開通が1964年、大阪万博が1970年なので、
やっぱり高度経済成長期真っ只中のお話です。


「携帯もTVもパソコンもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう」
「豊かではなかったけれど、明日への夢があった」
「あなたの心の いちばん暖かい場所へ」


というのがどうやら映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の公式キャッチコピー
らしくて、正直ヘドが出るのですが(ファンの方スミマセン…)、自分が
あの映画を観る気にすらなれないのは、ある特定の時代をそうやって
極端に美化することに対する違和感なんだと思う。
現代を含め、どの時代にだって必ず光と影はある訳で。

逆に自分が『フラガール』を面白いと思ったのは、もちろん
『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』といったこの系統の
映画群が好きだから、という理由が大きいのですが、同時にこの時代に
事実として存在していた暗部をきちんと描いた上で、「それでも明るく
生きる人びと」を仮構していたからなんだと思うのです。

(そもそもいわきに「常磐ハワイアンセンター」がオープンしたのは、
石油に押されて閉山に追い込まれた常磐炭鉱の起死回生策だった
訳で、そうした高度経済成長期の「影」の部分を背景に、この映画は
描かれています。だから暗いエピソードもたくさん出てくる。)

そういった意味では、イギリス労働者階級の喜悲劇を描いた
映画『フル・モンティ』『ブラス!』が好きなのと同じ理由で、
自分はこの映画を楽しめたんだと思う。


ちなみに私は1970年代も末の生まれなので、1960年代がどんな時代
だったかなど知る由もない訳ですが、研究で1960年代の雑誌を大量に
読み漁っていたので、感覚としては何となく分かる部分もあります。
映画内に出てきていた「炭鉱夫の娘たちが、PRのためにフラガール
姿で撮った写真」は、自分も何かの雑誌で実際に見た気がする。

あと忘れちゃいけないのは、「当時の人々のハワイに対する思い」。
既に山口誠氏が『グアムと日本人』の中で触れていますが、やっぱり
当時の日本人にとって、「ハワイ」が持っている意味合いはあまりにも
強烈だったようです(だからこそ、起死回生の逆転ホームランとして
「ハワイアンセンター建設」という発想が出てくる訳で)。
いまから見れば滑稽なほど過剰な思い入れなんだけど、当時の雑誌を
読んでても、この映画を観てても、それは強く伝わってくる。

「海外といえばハワイ」って、私たちにとってはあまりにもベタ過ぎる
発想なのですが、こういった言説がベタでなかった頃、いたって真剣に
語られていた頃とはいったいどんな時代だったのか。そんなことを想像
しながら追体験してみるとき、私たちは光も影も含めてその時代を
「歴史」として認識できるんだと思うのです。



話は変わるけれど、最近、歴史的建造物である東京・日本橋の上に
かかっている首都高速の高架を地中に埋めようという
「日本橋川に空を取り戻す運動」が盛り上がっています。

5000億円かかるともいわれている費用をどう捻出するかなど、
いろいろ否定的な意見も出ているみたいですが、自分はまた
違った観点からこの計画に反対しています。

「日本橋」が江戸時代の日本を表す貴重な歴史的建造物であるのと
同様に、「首都高速」もまた、高度経済成長期の日本を表す一つの
歴史的建造物ではないのか。
東京オリンピックに間に合わせるためには、景観を犠牲にしてでも、
用地買収がいらない川の上に高速道路を建設するしかなかった。
これもまた日本の(ある意味「影」の)歴史の一部な訳で。

「地中に埋めてしまう」というのは、やっぱりそういった「影」の
歴史の忘却でしかないと思うし、自分はそうした高度経済成長期の
「影」を現在へと伝える歴史的遺産として、日本橋/首都高速を
現在の状態で保存するべきだと思うのです。



自分はどうしても「光」の歴史よりも、「影」の中で右往左往する人々の
人生模様の方に歴史の面白さを感じてしまうし、メディア史研究なんて
やってるのも、そうした語られない「影」に、敢えて光を当てたときに
見えてくる当時のリアリティを描きたいからなんやろーなーと。
そんなことを再認識させられた一作でした。


…あと、やっぱり、これだけは、どうしても言わずにいられない感想。

     蒼 井 優 ギ ザ カ ワ ユ ス (*´Д`)


(music: 僕の見たビートルズはTVの中 /斉藤和義)

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2007/12/05 | diary | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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