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それだけが愛のしるし。
自分は貧乏性なので、本を読んでいて、自分の研究にとって重要と
思われる一節に出会ったときは、ラインを引かずに付せんを貼ります。

でも、今日読んでて、自分の研究にとっては重要でないにもかかわらず、
思わず付せんを貼ってしまった一節が、コレ。


 純粋な関係性はパートナー間の相互信頼に依拠しているが、この
 相互信頼は親密な関係の達成と密接な関連がある。純粋な関係性に
 おいては、信頼は「所与」とみなされえない。関係性の他の側面と
 同様に、信頼は精を出して獲得されなければならないものである。


 そのような信頼は、個人が他者に心を開くことを前提とする。
 というのも、他者がコミットしており、自分への敵対心をなんらに
 抱いていないということを知ることが、外的支柱がほとんど不在で
 ある場合には信頼の唯一の枠組みであるからだ。


 信頼を構築するために個人は、(…)信頼し、かつ信頼に足る人間で
 なくてはならない。
信頼は親密な関係とあまりに深く結びついているため、
 親密なやり取りを維持するのに必要とされるのと同じ自律と相互開示の
 バランスを必要とする。


 純粋な関係性において信頼を構築する際に肝心なことは、各々が
 他方の性格を知っており、他方から何らかの望ましい反応を
 引き出すのをあてにすることができる、ということである。

 このことは、信実性が自己実現においてどうしてそれほど重要なのか、
 ということの一つの(これだけではないが)答えである。


 大事なことは、一方が他方の言うこと・することを信じてあてにする
 ことができる、ということだ。
他者との親密な関係を獲得する能力が
 自己の再帰的プロジェクトにとって欠かせない要素であるかぎり(…)
 自己統制は信実性の必須の条件となる。

  Giddens, A (1991) Modernity and Self-Identity: Self and Society
  in the Late Modern Age
, Blackwell Publishing
  (=秋吉美都他訳(2005)『モダニティと自己アイデンティティ
   ―後期近代における自己と社会』ハーベスト社, p107-108)



…うーん、名文です(笑)。

自分は6月24日のニッキで「≪してあげる/してくれる≫の理想的な循環
こそが、恋愛なんじゃないやろか」という主旨の一文を書いたのですが、
これって自分の勝手な妄想だった訳ではなくて、むしろこういう恋愛感って、
後期近代における再帰的な自己構築に特有かつ必須の考え方なんやなーと。

現代社会学の最高峰、アンソニー・ギデンズ大先生にお墨付きをもらった
ような気がして(誰もそんなものやってないけど)、ちょっと嬉しい(笑)。

(music: 愛のしるし /PUFFY)

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2007/08/27 | diary | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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