スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- | スポンサー広告 | コメント(-) | トラックバック(-) | page top↑
言葉にならない言葉がある。
先日ぶち上げた村上氏擁護論に対して、友人のかいまき氏から
こんなコメントをいただきました。

>「庶民」という言葉を使う人は庶民ではない
>ってことでしょうか。

>大企業の人やら偉い人やらが庶民って言葉を使うたびに
>勝ち組負け組の間に引かれる線の存在が
>太く濃くなる気がします。

>「庶民」「汗水流して」って言葉の裏には
>「オレ達は違うけどね」という馬鹿にする気持ちが
>見え隠れします。



かいまき氏のコメントは、まったくその通りだと思います。
ただ、この現象の複雑な点は、実は「庶民」という言葉が、
あたかも黄門様の印籠のごとく使われているところなのです。


つまり、「庶民の感覚」=「正しい感覚」って訳では必ずしもないのに、
「庶民の感覚とは違う」という言葉が、反批判を許さない印籠として
機能してしまう構造が、どこかおかしいと。


例えば、国や組織全体のことを考えなきゃいけない政治家とか企業経営者は、
時には「庶民の感覚」とは違う決定をしなければいけないことだって
あるはず。でも、その決定が結果的にマイナスに響いたとしても、それが
「庶民の感覚とは違」っていたからダメだったのかどうか、その因果関係に
ついては慎重に検討しなければ分からない訳で。


そもそも政治家や経営者よりも「庶民」の方が偉いなんてことは決してないし、
そこに上下関係を読み込んでしまうこと自体が、自称「庶民」のヒガミ根性の
現れなのであって、そんなことは本当の庶民は理解しているはず。


なのに、最近メディア上で語られる「庶民」は、むしろ「非・庶民」よりも
上に立って「非・庶民」を断罪しています。そしてそんな言説が氾濫する中で、
いつの間にか「庶民の感覚とは違う」ことが極悪非道なことであるかのような
「現実」が作り上げられていっているような気がするのです。


「非・庶民」であるはずの阪急HD幹部の発言が、日銀総裁や村上氏に対する
批判として機能してしまう背景には、こうした構造があるのではないかと。



ただしこれは、必ずしもマスメディアが勝手に自分たちのいいように
「言説」を作り上げて、世論をコントロールしていることを意味しません。
(もちろん、そういう部分も少なからずあるけど)


かといって、物言わぬ「庶民」の心の中に本当にそうした感覚があって、
マスメディアはそれを客観的に報道しているだけなのか、というと、
もちろんそんなこともありません。



社会が言説を作り出し、その言説によってまた社会が作り出されていく。
自分が言おうとした「『主体』を設定することが極めて困難な〈かかわり〉」とは
そういう循環構造のことで、(少なくとも私たちメディア研究に携わる人間は)そんな構造に
意識的でなければならないなーと。そんなことを考え、そして伝えようとしたのでした。



自分の思考の流れを分かりやすい言葉で説明するのって、やっぱり難しいですね。
たとえばきちんとした社会学の論文などは、思考自体が複雑な分、記述も複雑に
ならざるを得ません。それはある意味仕方ないし、その記述の複雑さの中から、
私のような研究者(見習い)は、その人の思考、そして社会そのものの複雑さを
見出していけるようにならなきゃいけない。


でも、自分みたいな人間が「分かりやすい言葉で説明できない」ってのは、
単にその思考が練れてないだけなんだよな…。



分かりやすい(はずの)事柄を、分かりにくい思考で、分かりにくく文章化した挙句に、
最初の事柄自体が見えななっていく。ああ…分かりにくさスパイラル。


そして、そもそも今ここに書いてる内容自体が「分かりにくい」という批判も、
まったくもってその通りなのでした(笑)。



(music: ゆらゆら /風味堂)
スポンサーサイト
2006/06/19 | social | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
コメント
俺はどちらかというと「マスメディアが
勝手に庶民像をゆがめている」と思って
いたんだけど、そうではないと。

社会→言説→社会→…の構造なんね。
単一のモノが他全体を動かしているなんて
わかりやすい事象って、あんまりないだろうしね。

茶有の文章には、わかりにくくなる
ことを厭わずに深く考える姿勢を見ました。

リンクは肩書きまで考えてくれて
非常にありがとう。そして肩書きにも満足w
つか欄があるのに考えさせる俺がイカン。
2006/06/19 23:12 | URL | かいまき #- [編集] | page top↑
>かいまき
もちろん「マスメディアが勝手に庶民像をゆがめている」側面はあると思うし、
普段の日記はある種の煽りとしてマスメディア批判の方をメインに展開しとるんやけど、
今回の問題は、単なるマスメディア批判だけでは収まりきれないような気がしたので、
敢えてこういう(かなり研究者視点な)書き方をしてみました。

>わかりにくくなることを厭わずに深く考える姿勢を見ました。

どうもありがとう。でも褒めても何も出らんよ(笑)。
2006/06/20 03:10 | URL | 茶有 #8M8yhyFg [編集] | page top↑
コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。