スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- | スポンサー広告 | コメント(-) | トラックバック(-) | page top↑
あーあー、ノーフューチャー子供達。
いまの場所に住むようになってから、自分の住んでいる街が
全国ニュースになったことが何度かあります。
九州の片田舎に住んでた頃は、自分の街が地方ローカル局で
取り上げられるってだけで、家中大騒ぎになってたのに…(笑)。

つい先日も、思いっきり全国ネットのニュースでこんな報道が流れてました。

「子供殺しに行く」と通報=男?が公衆電話から-中野区などで集団下校へ・東京

4日午前8時ごろ、東京都中野区内の公衆電話から、「これから、子供を殺しに行く」
と110番があった。警視庁野方署は、管内の小学校に注意喚起するとともに、
近隣の警察署に連絡。同区内などの小学校は同日から当面、児童を集団下校させる。
今のところ、被害はないという。
調べによると、通報したのは男とみられ、野方署管内の中野区上高田にある
公衆電話からかかった。「小学校の女の子に危害を加える。これから殺しに行く」
などとの内容だったという。(Yahoo!ニュースより)


その後、この男は身柄を確保されたそうです。
あまり詳しい報道はされていないので分かりませんが、
どうやら男が知的障害者だったため、立件は見送られたとのこと。

とまあここまでは、少なくとも自分にとっては「最近よくある話」として
処理できる話なのですが、自分が引っかかったのは、むしろこの後。

mixiの「中野区」コミュでは、当然リアルタイムで不安を訴える声が書き込まれて
いた訳ですが、犯人の身柄が確保されると、緊張から開放された安心感からか、
この犯人に怒りをぶちまけるような書き込みが散見されるようになります。

まあ怒るのは当然としても、「死刑にしろ」「未然に防ぐために何とかしろ」
(=知的障害者を監視しろ)みたいな明らかに行き過ぎの書き込みも出てきて、
そこからそんな書き込みを批判する人(主に学生)、過激な処罰・監視論に
賛成する人(主に社会人や子を持つ親に)に分かれて、結局は水掛け論に…。
もちろん、これもものすごく「最近よくある話」なのですが。


でも、子を持たない自分は、やっぱりこの種の主張に違和感を持ってしまいます。
「子をもつ親なら何をしても/言ってもいいのか?」と思ってしまうのです。


今回の議論で「監視・処罰派」は、要するに障害者による犯罪を
未然に防ぐために何らかの監視をすることを求め、
同時に犯罪を起こしてしまった場合の徹底的な厳罰を求めています。

子を持たない自分が問題だと思うのは、「監視派」の人たちはこうした主張が
論理的には明らかに「行き過ぎ」で「おかしい」ものであることを自覚した上で、
「子を持つ親の気もち」という言葉でそれを正当化してしまっている点です。

知的障害を持つ人物の犯罪が、まさしく「知的障害者」というその人の属性によって
事実上免罪されてしまうことに憤りつつ、何の罪も無い知的障害者に対する偏見を
助長するような自らの差別的な発言については、「子を持つ親」という属性による
免罪を求める。やってることは同じなのに、「親だから当然でしょ」という態度で
それを正当化されると、親ではない自分は逆に全く共感できなくなってしまう。

そもそも「子を持つ親の気もち」自体は普遍的なものなのかもしれないけれど
(その普遍性にすら自分は疑問を抱いていますが)、少なくとも「子を傷つける
可能性があるとみなした人物の監視を求める気もち」なんてのは、普遍的な
ものでは決してなく、ごく最近になって共有されるようになってきた概念です。

だとすれば、なぜ「いま」そういう概念が共有されるようになってきたのか、
それは本当に自然発生的なものなのか、について、私たちは常に懐疑的で
なければならないと思うのです。
世論誘導に抵抗するってのは、要するに、そういうことなんだと思う。


以前、自分がものすごく尊敬している社会学者の先生が、飲み会の席で
ポロッと漏らした一言が、私にとってはあまりにも衝撃的で頭から離れません。

「子どもができたら、若い男がみんなペドフィリアに見えてきた…」

抵抗し続けることの難しさを感じた一瞬でした。


(ちなみに念のため言っとくと、NAMIママさんや、おかぴ先輩、マイミクのみゆ等々、
自分と親交のある「子を持つ親」の方々のブログを読んで、こういう批判的な
思いを抱いたことはあんまりありません。彼女らのブログを読んでいると、
子を持たぬ自分は、子育ての大変さにただ驚嘆するばかりです)

(music: 子供達よ、大人は意外と小さいぞ/ グループ魂)

スポンサーサイト
2006/10/06 | social | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
コメント
養護学校教員として
そして親としても複雑な気持ちになる事件です。

属性で人を判断することは許せない。
「親だから」なんでも許されることはない。

いつも「私」は親として、教員として
という前提よりも、namiママ個人としての
見解や気持ちを発信していきたいと思っていて
それをまっすぐ受け取ってもらってることは光栄です。

ただ、この事件に関していえば
やっぱり障害のある子どもさんをもつ親の立場側にどうしても立ってしまいます。

「恐いのは知的障害者でなく、平気でそんな発言をするあなた方が親であることです。」

…失礼しました。

P.S 今日のブログの愛しのあの方のコメントは
茶有さんのあの方への(あの爆笑)見解をちょっと伝えて
「生徒はよく見てて、的確な評価をするから
、表面的なことでごまかしは利かない」といった私のメールに対するレスでした。
2006/10/08 09:31 | URL | namiママ #- [編集] | page top↑
わが子を心配する親御さんの気持ちも、想像するに余りあるのです。そのくらいは
自分にだって分かる。でも、「子どもを守るため」なら異質な他者を排除しても
よいという、あまりにも極端な主張を目の当たりにして、私は恐怖を感じます。
そして「子どもを守るため」という言葉を、あたかも黄門様の印籠のごとく
利用することの危険性に、また違った意味での恐怖を感じてしまいます。

「子どもを守るために」障害者を排除させる、オタクを差別させる、
監視カメラを取りつける、その予算確保のための増税を強行する...。
印籠=権力を乱用したツケは、必ず私たち自身に返ってくると思うのです。

あと、ここからは2割方冗談(=8割方本気)ですが、NAMIママさんのブログに
書かれた「あの方」のメールを見てると、何か騙されてる気がするんですよね...。
「人の発言には裏があると思え」って考え方を、私はまさしく「あの方」から
教わったように思うので(笑)。
NAMIママさん、気をつけてくださいね。「車のローンが払えなくなった。
98万円振り込んで」とか言われても、絶対に払っちゃダメですよ!
2006/10/09 03:19 | URL | 茶有 #8M8yhyFg [編集] | page top↑
爆笑!
やっぱり裏があるんですね。
まっすぐな私はいつもだまされてるのですね(冗談です)

98万円は払いたくても払えませんが…
気をつけます…
2006/10/12 18:56 | URL | namiママ #- [編集] | page top↑
>NAMIママさん
払えなければア○ムとか、武○士とか、やり方はいろいろありますから…(笑)。
だまされていることにすら気づかせない。スケコマ師の本領発揮でございます。
2006/10/14 04:28 | URL | 茶有 #8M8yhyFg [編集] | page top↑
コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。