スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- | スポンサー広告 | コメント(-) | トラックバック(-) | page top↑
それだけが愛のしるし。
自分は貧乏性なので、本を読んでいて、自分の研究にとって重要と
思われる一節に出会ったときは、ラインを引かずに付せんを貼ります。

でも、今日読んでて、自分の研究にとっては重要でないにもかかわらず、
思わず付せんを貼ってしまった一節が、コレ。


 純粋な関係性はパートナー間の相互信頼に依拠しているが、この
 相互信頼は親密な関係の達成と密接な関連がある。純粋な関係性に
 おいては、信頼は「所与」とみなされえない。関係性の他の側面と
 同様に、信頼は精を出して獲得されなければならないものである。


 そのような信頼は、個人が他者に心を開くことを前提とする。
 というのも、他者がコミットしており、自分への敵対心をなんらに
 抱いていないということを知ることが、外的支柱がほとんど不在で
 ある場合には信頼の唯一の枠組みであるからだ。


 信頼を構築するために個人は、(…)信頼し、かつ信頼に足る人間で
 なくてはならない。
信頼は親密な関係とあまりに深く結びついているため、
 親密なやり取りを維持するのに必要とされるのと同じ自律と相互開示の
 バランスを必要とする。


 純粋な関係性において信頼を構築する際に肝心なことは、各々が
 他方の性格を知っており、他方から何らかの望ましい反応を
 引き出すのをあてにすることができる、ということである。

 このことは、信実性が自己実現においてどうしてそれほど重要なのか、
 ということの一つの(これだけではないが)答えである。


 大事なことは、一方が他方の言うこと・することを信じてあてにする
 ことができる、ということだ。
他者との親密な関係を獲得する能力が
 自己の再帰的プロジェクトにとって欠かせない要素であるかぎり(…)
 自己統制は信実性の必須の条件となる。

  Giddens, A (1991) Modernity and Self-Identity: Self and Society
  in the Late Modern Age
, Blackwell Publishing
  (=秋吉美都他訳(2005)『モダニティと自己アイデンティティ
   ―後期近代における自己と社会』ハーベスト社, p107-108)



…うーん、名文です(笑)。

自分は6月24日のニッキで「≪してあげる/してくれる≫の理想的な循環
こそが、恋愛なんじゃないやろか」という主旨の一文を書いたのですが、
これって自分の勝手な妄想だった訳ではなくて、むしろこういう恋愛感って、
後期近代における再帰的な自己構築に特有かつ必須の考え方なんやなーと。

現代社会学の最高峰、アンソニー・ギデンズ大先生にお墨付きをもらった
ような気がして(誰もそんなものやってないけど)、ちょっと嬉しい(笑)。

(music: 愛のしるし /PUFFY)

スポンサーサイト
2007/08/27 | diary | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
ロマンスの神様、願いをかなえて。
・いまから十ウン年前の自分は、「自衛隊の存在は明らかに憲法違反だ。
 でも日本に自衛隊は絶対に必要だ。だから、憲法の方を変えるべきだ」
 などと公言して憚らない、いわゆる「インテリ文化系男子高校生」の
 典型だった訳ですが、そのせいで部活の顧問だった社会の先生からは
 「ラディカル右翼」などと呼ばれていました。(もっとも当時の自分は、
 「ラディカル」という言葉の意味すらよく分かっていませんでしたが…)

 小林よしのりがいまのように右側に転向する以前の話で、当時「9条改正,
 自衛隊合憲化を叫ぶ高校生」は、確かにラディカル右翼と呼ばれても
 仕方なかったかもしれない…と、いまにして思えば、そんな気もします。

 もちろん、さすがにいまはこんな単純な考え方をしている訳ではありません。
 たとえば昨年8月18日の日記でも書いたように、自分は首相の靖国参拝に
 原則としては賛成していますが、参拝をしないことによってもたらされる
 メリットを、戦死者に対する義務履行を反故にできるだけの理由と共に
 説得的に語ってくれさえすれば、別に行かなくてもいいと思っています。

 ただ、あの頃に較べれば年とった分だけ複雑な思考ができるようになった
 かもしれませんが、自分自身は今年も8月15日に靖国神社にお参りに
 行ってきたし、基本的な路線は変わっていないつもりです。

 でもやっぱり、いまどきの「右翼」から見れば、「(条件さえ整えば)
 首相は靖国に行かなくてもいい」とか言ってる時点で、自分は十分に
 「国賊」なんやろーなー。

 ここ数年のいわゆる「ネット右翼」の論調を見ていると、自分の主張なんて
 もうラディカルでも何でもなくなってて 、いやむしろ、彼らから見たら
 自分はもはや「左側」の人なんじゃないかとさえ思えてきて、何だか
 無性に寂しくなることがあります。彼らが騒ぎ始めるずっと前から、
 自分は自他ともに認める「ラディカル右翼」だったはずなのにな…(笑)。



・そういえば自分、高校時代はラディカル右翼なだけでなく、筋金入りの
 宗教嫌いでした。よく職員室で聖教新聞を読んでた担任の先生の目の前で
 (この先生、後に学校を辞めて公明党から市議会議員に立候補した)、
 後先考えずに「この日本に新興宗教など必要ないのでは?」などという
 スピーチをブチ上げて、教室を一瞬にして凍らせたり(笑)。

 実は、この姿勢も現在に至るまで変わっていなくて、私は8月15日の靖国やら
 正月の初詣やらに行くのは別に嫌いじゃないんだけれど、境内でお参りは
 しても、賽銭は絶対に投げません。神さまや仏さまにお祈りする気持ちと、
 宗教法人の収益とは全く別物だと思っているので。そういった意味では
 自分、高校時代から「ラディカル無神論者」だったのかも知れません(笑)。

 当然、今回の靖国参拝でも、賽銭は投げずにお参りだけしてきました。
 宗教的活動(戦没者の冥福を祈り、これからの日本の平和を祈る気持ち)と、
 宗教法人としての靖国神社の経済活動は全く関係ないし、「結局のところ
 経済活動に回収されざるを得ない宗教的活動」が、自分は何より嫌いなので。


・でも、あまりの暑さに耐えきれずに、境内の売店でソフトクリームなんぞ
 買ってしまった(=宗教法人・靖国神社に200円も払ってしまった)私は、
 ラディカル無神論者失格でしょうか… (´・ω・`)

 soft.jpg


・その上、8月15日に靖国神社にお参りしたその足で、神保町の書泉に
 『乃木坂春香の秘密』と『妄想少女オタク系 3巻』を買いに行った私は、
 やはりラディカル右翼としても失格でしょうか…… (;´Д⊂


・しかも、その時に買った『乃木坂春香の秘密』を、数日後、
 国際展示場駅に向かう途中のりんかい線で読んでいた私は、
 やはり真性ヲタなのでしょうか……… 。・゚・(ノД`)・゚・。
 
乃木坂春香の秘密 (電撃文庫) 乃木坂春香の秘密 (電撃文庫)
五十嵐 雄策 (2004/10)
メディアワークス

この商品の詳細を見る


・ちなみに今回のまんがまつりは、趣向を変えて2日目(女子向)に行ってみた。
 いままでは3日目(成人男子向)にしか行ったことなかったので、かなり新鮮。

 社会学者やおいネタ、ないかなーと思って探したのですが、結局発見する
 ことができませんでした(北田暁大総受けとか期待してたのにな…/笑)。
 仕方ないので、F1ドライバーやおいネタで溜飲を下げることに。

 この辺りのネタ探しの微妙なマイナー感が、やっぱり真性に
 なりきれない男性研究者(見習い)の限界なんだと思います。
 スミマセン。誰に謝るべきもんでもないけれど(笑)。


(music: ロマンスの神様 /広瀬香美)

2007/08/20 | social | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。